情報収集に長けたビジネスマン
幸吉は、若い頃より新聞やラジオのニュース等の“情報”を重要視しています。特に生涯の大半を養殖場のある志摩の英慮湾で過ごしながら、世界にむけて事業を展開していた幸吉にとって、当時のラジオは最新の国際情勢を先取りする為の大切な情報収集手段といえました。「真寿閣」と呼ばれた自宅の各部屋にラジオを置いて、ニュースの時間はたとえ来客中といえども欠かさず聴いたといわれています。
ラジオの発明者、イタリアのマルコーニ氏が来日したときには、生きた真珠貝を携えて宿泊先のホテルへ赴き目の前で真珠を次々と取り出してみせました。また、欧米視察の折ナポリで購入した地球儀もお気に入りで、高齢になってからもラジオを聴き、地球儀を回しては、「私は毎日地球を3回まわっている」といっていました。
幸吉と地球儀。“世界”を見ることができる地球儀と“世界”を聞くことのできるラジオは、
真珠の養殖事業から、日本のジュエリー文化の発展まであらゆる点で海外を視野にいれていた
幸吉にとって非常に重要かつ興味をかきたてる品物だったことでしょう。