郷土を愛した真珠王
真珠を育む英虞湾の環境整備
また、英虞湾の水路開通工事などの公共事業も行なっています。当時、英虞湾は太平洋に突き出した半島のせいで潮の流れが悪く、湾内の水温が低下したり赤潮が発生していました。幸吉は、湾内に太平洋の温かく澄んだ海水を導き入れることを考え、地元と共に半島の付け根の陸地に大きな水路を開通させます。この水路の完成によって、英虞湾内の海水温維持と赤潮発生の予防ができるようになりました。この水路は深谷水道と呼ばれ、漁船の通行もできる運河として今でも利用されています。この郷土を愛し、自然を愛する幸吉の精神は、今のミキモトグループにも受け継がれ、真珠や真珠をつくる貝殻から化粧品を産み出しており、郷土の環境保護や発展に貢献する努力を日々重ね続けています。
1933年(昭和8年)開通の深谷水道。
幅20メートル、長さ550メートルの水路で、幸吉による公共事業でもとても大規模なものでした。